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アイドル批評空間

アイドルについて少し掘り下げて考えるブログ

【第2回】現在のアイドルの定義とは何か① ~BiSから考える~

――さて、前回は「アイドル批評とは何か」でしたが、僕にはまだその全貌がつかめませんでした。

 

そうですね。あんな大げさなタイトルを掲げたわりには、あんまり言いたいことを伝えきれなかったと反省してます。とにかく、アイドルというジャンルそのものについてもっと考えていかなければならない、という問題意識を持っているということだけ押さえておいてもらえれば。今回からは、ある程度具体的な事例も示しながらお話しできると思うので、それで何とか理解していっていただければと思います。

 

 

――というわけで、今回はずばり「アイドルの定義」がテーマですが、こんな難問に簡単に答えられるものですか?いまやアイドルは、過剰と言っていいくらいに多様化していますよ?

 

普通に考えたら不可能ですよね。でも、その「多様化」している状況こそが、現在のアイドルとは何かを定義する上でのヒントになります。だから、一応今回は私なりのアイドルの定義を示しますが、もしかしたら全然納得いかないというか、ごまかされているような気分になる人もいるかもしれません。

 

――なるほど。とりあえず一言でその答えを言ってもらっていいですか?

 

もちろん。私なりのアイドルの定義を定式化して言えば、「アイドルとはアイドルである」ということになります。これだけです。

 

――それって全然定義できてないですよね?

 

ある意味ではそうですよ。でも、この定義によってこそ、現在のアイドルというジャンルが持っている可能性がよりはっきりと見えてくると思うんですよ。

 

――全然わかんないなぁ…。

 

マルセル・ドゥシャンってご存知ですか。

 

――既製品の便器に偽名を書いて、美術館に「芸術作品」として送り付けた人ですよね。たしか「泉」とかいうタイトルで。

 

そうそう。ドゥシャンがこの作品を作るためにしたことって、便器に名前を書いたことと、「これは芸術作品だ」って周りに示したこと、この二つだけなんですね。まさにこの時、アートの定義は、「アートとはアートである」になったわけです。だって、ドゥシャンが言いたかったのは、美術館で芸術作品として展示されていればそれは何であれ芸術作品だ、ってことだったんですからね。このあたりのことについて、もう少し詳しく知りたいなら、佐々木敦さんの「アートトロジー」という論考を参照してください(佐々木敦「アートートロジー」『すばる2016年2月号』集英社)。

 

――ドゥシャンによって示されることになったアートの定義とあなたの考えるアイドルの定義が似ているのはわかりました。でも、そのアイドルの定義が適切なのかどうかはまだ示されていないですよね?

 

そこで、BiSの出番なのです。BiSを考察すれば、先ほどの定義にふさわしいところにまで彼女たちが達していたことが分かります。

 

――BiSといえば、かなり過激な活動で知られていましたよね。裸のPVとか、メンバー同士の対立を逆手にとって、話題作りに利用するとか。

 

そうです。BiSは、それまでのアイドルのステレオタイプからすれば考えられないようなことばかりわざわざしていたようなアイドルでした。まさしく、アイドルだと周りに示しているだけで、活動内容は何でもありです。しかも、BiSのリーダーだったプー・ルイが、インタビューでとても興味深い発言をしているんですよ。

 

――それはどんな発言?

 

彼女は、あるインタビューにおいて、BiSとはどんなグループかと聞かれて、「『アイドル』だと言い張ります。『アイドル』だと言い張るグループ」(BiSインタビュー「IDOL is DEAD プー・ルイの場合」)と答えているんです。BiSというグループにとって、自らがアイドルたる要件は、アイドルだと「言い張る」ことだけなんですよ。まさに、「アイドルとはアイドルである」!

 

――話は見えてきました。でも、それってBiSだけにあてはまることでは?

 

この定義は、「楽曲派」好みのアイドルにも十分当てはまると思うし、なんといっても今のアイドルの多様化している状況を考えれば、それほどおかしなことではないかと。それに、私の話し方が少しまずかったのかもしれないですけど、この定義があてはまるかどうかはあんまり問題じゃない。そうではなくて、もうBiSがこの定義にあてはまるところまで到達したのだから、それを踏まえてアイドルを考えていきませんか、といったところです。

 

――なるほど。では、この定義から見えてくるアイドルの可能性とは?

 

要するに、何でもできちゃうということです。だって、アイドルと名乗ればそれでもうアイドルたりうるということは、BiSがだいたい示してしまったわけですからね。このことを踏まえれば、アイドルが多様化しているのは事実だけれども、それが楽曲に偏りすぎている気はしていますね。別に他の面において、もっともっと何やってもいいと思う。

 

――しかしそれでは収集つかなくなりませんか?

 

いずれはなるかもしれませんね。でも、現状において先ほどのアイドルの定義から引き出し得る可能性をフルに活用できているとは思えない。まずは、やれることはとことん試してみる時期ではないかと思います。もちろんそれに対する反動が来るかもしれませんが。それに、アートの世界でも、ドゥシャン以降は特に、アートとは何かということが多くの人の頭を悩ませて、現在でもそれに答えが出たとは思えないし、そもそもその問いに答えがあると考えること自体が間違いなのかもしれない。でも、別にドゥシャン以降にアートが消滅したわけじゃないし、今でも村上隆の作品が、信じられないくらいの高値で落札されていたりするわけです。

 

――まずはアイドルの可能性を完全に引き出すことが重要だということですね。ようやくあなたの問題意識が見えてきた気がします。もう少し聞きたいところですが、続きは次回にしましょうか。とりあえず次回予告だけお願いします。

 

はい。次回は、今回示したアイドルの定義に基づいて、PerfumeとかNegiccoとかいった「楽曲派」好みのアイドルについて話したいと思います。あと、余裕があれば、楽曲以外での多様性についての例とかにも言及できればと思っています。

 

――わかりました。また次回よろしくお願いします。